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【音楽について人生について】 ~私の心が唯一裸になれる場所に~
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  • 05/25/21:22

11.10.08:54

KOZA

1e548e2a.jpg








2段階拡大できます

KOZAの観光のお客様向け雑誌に載せていただきました
以前と違ってサマになってきたね♪とおほめのお言葉も。
とても嬉しい出来事です

お店も移転。ほんっとに資金〇でよく引越しを考えたもんだ!
水道工事からカウンターづくりまで全て手づくりで目標
11月20日新OPEN!!

少しでもお金があれば・・・・と思いながらなんとか
やってみます♪(笑)

心機一転みっちり3日間かけて、これまでの反省会
未来へ向けてのミーティングもOK!

今後の自分が楽しみです

これからはスケジュールも載せていきますね

_________

11月スケジュール

11月12日水曜
東南植物楽園内パーティー
ETSU(D)  西川勲(B) フランク・ゴードン(Tp.) SAWAKO(Vo)


11月15日(土曜)
東南植物楽園内パーティー
SAWAKO(Vo) 島袋卓(D) ガンジー西垣(B) 桜井(P)桜井氏(Ts)



11月20日木曜

新JUNGLE 移転先OPEN Live (Drum & Vo Duo)
____

沖縄市ボジョレーヌーボーJAZZLIVE
(沖縄市一番街元丸五近く)
東南植物楽園内パーティー
ETSU(D)  香村英史(P) アラン・カヒーペ(Ts.) 清水ユウゴ(B)  SAWAKO(Vo)


11月26日水曜
新店舗移転初LIVE
ETSU(D)  西川勲(B) アラン・カヒーペ(Ts.) 前田りえ(P) SAWAKO(Vo)


____12月____


12月6日土曜
リザンシーパークホテル内パーティー
___

KOZA市ミュージックタウン主催
街角ライブ
場所:スコットラファロ
8:40~1ステージ
Drum & Vo Duo Live


12月7日(日曜)
ミュージクタウン音広場
ラ・ミューズオーケストラ&SAWAKO
クリスマスJAZZ


12月24日(水曜)
Xmas JAZZ NIGHT JUNGLE
ETSU(D)  西川勲(B) アラン・カヒーペ(Ts.) 知念嘉哉(G) SAWAKO(Vo)

_________________________

でも・なんかスケジュール乗せると普通のアーティストブログ・
やはりここでは、裏JAZZ MAMA で行きましょね♪

さすが自称「逆境に強き女は今日も行く!!(笑)
って感じで来年に向けて鼻息荒い私です♪

PR

09.08.10:56

耳と心を傾けてみてください

04.22.23:08

大阪のサンドイッチマンからJazzの贈り物(実話)

                     sand

   昔Rockが歌いたくて大阪にいた頃(ブルースの街なのに(笑))
   週に1度、外人Barでアルバイトをしながら月1回
   レイチャールズのカバーバンドをのコーラスを勤める。
   2曲自分の好きな曲を歌えると言う事だから、
   2人対象のコーラスはブルース(bigmama)
   私はチェッペリンやジミヘンを歌う。
   
   今考えると1ヶ月くらいしかバイトしなかった、
   その外人Bar『チキン・ラン』だっけ???
   そこにいつも休憩しにくる『梅田の東通商店街のサンドイッチマン』
   がいた。    1度だけ会話を交わした覚え。
  
   『歌歌いたいんだって?』『何が好きなの?』
   『あ、はい、ロックが好きです』会話はこれだけ。。

   翌週、絶対私の為ではないと言えるくらい、
   万年筆の薄れた字で書かれた曲目の数々。。
         (嫌、、私の為に用意されたものかも??不明である)
 
   『カセット・テープ』6本 『ビデオ・テープ』6本差し出された。
   
   Jazzの世界では名高き方々の歌やビデオである。

   貰って家で見ても聞いてもRock志望の私には当然価値も分からず
   ただ、見ず知らずのおじさんが、私の為にここまで持ってきてくれた。
   そんな嬉しい思いをした。

   まるで、あの時の私には『サンタクロース』か『足長おじさん』
   である。

   私は勝手にそのサンドイッチマンのおじさんに背景を感じた。
   『きっと昔Jazzプレイヤーで
            今は生活の為にサンドイッチマンをやってる』

   勝手にそう感じて今に至る。

   今ではそのサンドイッチマンのきっかけでJazzを知り、今の持ち歌は
   ほとんどと言っていいくらい、その『カセットテープ』で覚えたもの。
   『カーメンマクレー・ビリーホリデイ・ペギーリー・他数々』
   (レコードから録ったものだろね)

   私の貴重な思い出である。
   
   出来る事ならその人に再会し、
            アレがきっかけなんだとお礼を言いたい。
   お礼を言うくらいまでは完成度がまだまだ乏しいかな。。

   でも、きっともう2度と会えないから、
             私の中で素敵な物語なんだろう。

   ※次の更新は素敵な話と素敵な曲紹介だ~!!

    

   新英和中辞典第6版 (研究社)
  
s
ndwich m n
      サンドッチマン
   sandwich board で体をはさんで歩く広告屋》
   日本では第二次世界大戦後間もない頃の昭和20年代に多く使われた
 

04.18.01:04

peace

              yuu

   昨夜TVタックルで後半、中日問題の事を討論していた。
   興味深い話で初めて知った事もあった。

   色々知って、音楽の深さや素晴らしさが余計に感じる。

   昔アメリカ国歌を歌っている人をみて憧れた。
   あ~なんて気持ちよさそうなんだろう。
   いつかああやって思いっきり歌ってみたい!

   『Oh~Sey can you see~』

   ホイットニーが歌ってる
   
   http://www.worldfolksong.com/anthem/lyrics/usa.htm

                 

                     3.
                     戦争による破壊と混乱を
                     自慢げに断言した奴等は何処へ
                     家も国もこれ以上我々を見捨てはしない
                     彼等の邪悪な足跡は
                     彼等自らの血で贖(あがな)われたのだ

                     敗走の恐怖と死の闇の前では
                     どんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず
                     勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
                     自由の地 勇者の故郷の上に!

                     4.
                     愛する者を戦争の荒廃から
                     絶えず守り続ける国民であれ
                     天に救われた土地が
                     勝利と平和で祝福されんことを願わん
                     国家を創造し守り賜(たも)うた力を讃えよ

                     肝に銘せよ 我々の大義とモットーは
                    「我等の信頼は神の中に有る」ということを
                     勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
                     自由の地 勇者の故郷の上に!

   【1812年に始まった米英戦争で、詩人・弁護士の
    フランシス・スコット・キーは1814年(当時35歳)、
    英国艦隊による激しい夜間砲撃を耐え抜いた星条旗を目にる。

    彼はこの体験を元に「マクヘンリー砦の防衛」という詩を書き上げた。
    この彼の詩が、当時人気のあった酒飲み歌

    「天国のアナクレオンへ(To Anacreon in Heaven)」

    のメロディーにあてられ、
    1931年3月3日にアメリカ合衆国の国歌に正式に採用された。】
   __________________________________
  

    3番4番の歌詞は皆同じ平和を願っているのが伝わる。

    今改めて聞くと(見ると)なんかとても複雑。。涙が出てくる。
    若いときの気持ちは一切なく、なんか悲しく響く。

    早く本当の意味の平和が訪れればいいな。。

    あ~又こんな話題。。。。

    次回更新にはCD屋でも行って楽しい音楽の話だべ~

    おやすみ


04.16.23:44

『バンドエイド』

   最近ある人に仕事がらみで呼ばれ、出かけた。

   もう一人会わないといけない人がいるとの事で、ある店に寄ることになった。

   その店のモニターには、あるアフリカ地域のビデオが流れる。
   食べ物や、学校施設に恵まれない、生きていくだけでも精一杯の
   子供達の映像だ。
   あるボランティア団体(この言い方は軽いが)のものらしい。

   その店のオーナーは、会社の社長も日頃勤め、ライブハウスを経営し、
   地域活性化やニューオリンズチャリティー等のイベントには、
   ほとんど主催者なみに気持ちを熱くし、必ずといっていいほど顔を出す。
   『自分の存在で何かを救う事』に熱い心を持ち続ける方である。尊敬する。

   今は地域の活性化に力を入れているらしい。

   その店でそのオーナーを待つ為、仕事の話ともかけ離れ、
   酒の肴に雑談が恥じまる。
   ある男性は自分の夢や希望や意気込みを熱く話す。
   自分もその話題に乗っかり、酒の勢いで話し込む。

   どんなにカッコいい話をしても、所詮、自分の長い人生の上での
   『生き方』や『儲け話』『夢をかなえる』などと、自我やエゴの内容である。

   到底、その店から流れる『アフリカの子供達を救う』映像とは、
   まったくもって
かけ離れているわけだ。
   なんと小さな我々だ。。。と思わざるおえない時間を過ごした。

   その店でその映像をバックに酒をあおるサラリーマンや、OL。
   なんと不思議な光景である。

   でも、我々は小さな小さな力なき人間である。
   今の日本でさえサジを投げ、力合わせ変える事すら、他人のせいにして
   逃げ腰の状態。
   自分の事で精一杯なのである。

   1985年7月13日正午(日本時間午後21時、アメリカ時間午前9時)
   ボブ・ゲルドフ(元ブームタウン・ラッツ)
   が1984年にテレビのBBCニュースで飢餓に苦しむ
   エチオピアの人々を見たことがきっかけで、アメリカやイギリスの
   ロック・ミュージシャンたちによるチャリティー・コンサートが開催された

  本文より~

   しかし、そこには重要な問題点もあります。
   それは、これらアフリカで起きている飢餓の問題は、
   この時だけのことではなかったということ、そしてその原因は、

   西欧諸国によるアフリカからの富の収奪が原因だったということを、
   このライブは明らかにすることを避けていた
ということです。

  この収奪の構造を作り上げたのは、かつて西欧諸国が行った植民地政策であり、
   その構造が経済構造として残っているかぎりアフリカの
   厳しい状況はなくならないのは明らかです。したがって、
   この事実を明らかにすること無しに、
ただのチャリティー募金だけで
   問題が解決することはないのです。

  実際、飢餓の問題は、その後も続き
、1990年代に入ってから
  再び最悪の状態を迎えています。

   しかし、その時はもうロック界はなんのチャリティーも行っていません。
  結局は、現状に対する短期的なお金による対処をしただけだったのでしょうか。
   その意味では、アフリカのミュージシャン自身が中心となって
   チャリティーとして行った企画、その名もずばり
   「Starvation(飢饉)」
   の方が分かりやすい企画だったのかもしれません。

   本当にアフリカを救いたいのなら、
   彼らアフリカのミュージシャンたちを主役にして、
   海外のアーティストたちが脇役にまわる企画があって良かったとは
   思うのですが、
 ・・・。そう考えると、「WOMAD」
の存在は非常に
   重要だったと改めて思います。
                     (本文より~)



   ~自分にゆとりがないと人は助けられないものなのだろうか。。
   そうとなれば、一生無理である。

   必ずしも何かを製造し、それを売るやり方や、大きなイベントや
   チャリティーなどを起こさなくてはいけないのか??


   ~私は『バンドエイド』の実際のビデオ
   (何年か前、深夜の通信販売で1万円で販売されていた)をみて
   何かやりたいのに、出来るはずなのに、何もしない自分に歯がゆい
   思いをした事がある。

   その店の映像を見て同じ気持ちが込み上げてきた。

   すぐに何か、私たちの小さな力でも、何か出来る事はきっと
   あるのである。

   ここ最近、それを探してみる事にしようとの思いがやまないでいる。

 

  本文のコメントより~
   『2003年アメリカとイギリスによるイラクへの
   攻撃が今まさに始まろとしている時、
   アメリカ国内であれだけ反戦運動が高まっているにも関わらず、
   アメリカのミュージシャンたちによる大がかりな
   反戦コンサートが行われないのはなぜでしょう?
   かつてあれだけ平和を求める歌を歌っていたミュージシャンたち、
   そして音楽業界は、歴史上最も愚かな大統領の元で
   すっかり保守化してしまったようです。
 そう考えると、ライブ・エイドも
   所詮他人事に首を突っ込んだだけの余計なお世話に思えてしまいます。
   そうではないと、誰か示してくれ!』


   → http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/live-aid.htm

04.10.09:41

アメージンググレース

   ここ最近はどこの地域せも選挙選挙である。
   ふと思い出した。

   そのまんま東が知事当選初日にメディアの前で叫んだのには驚いた!
  
   『宮崎には不正がありますか!!』
   『あるのなら排除しなければいけません!!』

   この言葉で市民の信頼は一瞬にし、固めただろうが、
   この瞬間に政権の中の数名を敵にまわしたのは確実であるに違いない!

  __過去15年前まで、私も若者で自分の人生にしか興味がなかった頃がある。
  この世の中に少しずつ興味を持ち、政治の中に目が行き、腹立つ事もしばしば。

  でも選挙のある時期には、他人事。投票日には2日酔いで夕方まで寝る始末。。

   投票も行かずに、この世の中に文句を言う、それは矛盾している。
   だから私はいつのまにか、義務より責任と言う意志で行くようになった。

   投票に行かず、全て流れに身を任せ、文句は人一倍言い、
   でも世の中を作っていく責任は一切背負わない。。
   そんな酒飲み友達も私には居る。

   いつの事か、税金が金券となって1家族に20歳以上の人数分
   (成人1人に1万円分)が帰ってきたとき知人が言った。

   『これも私達の力のお陰よ!!』
   いつも選挙になると率先して動いている30代の主婦の言葉。。頭が下がる。
   自分は何にもしてないのに金券もらえる、、少し罪悪感があった。。

   と言う訳で今回もしっかり把握して、投票行くぞ!!!!



  コラムよりいい話!
  ↓


   「アメイジング・グレース」というと、各種イベントでもよく歌われる歌。
   250年ほど前にイギリスでできた。

   作者はジョン・ニュートン。彼は船長兼貿易商。
   扱ったのは「人」だ。アメリカへの「奴隷貿易船」の船長だった。

   彼は、アフリカで拉致した黒人たちを、トイレもない船底に押し込め、
   数万人を運んだ。彼は後年、後悔し「商売」を捨てる。

   痛恨の思いを込めて作ったのが「アメイジング・グレース」だ。
   同名の映画が、世界で公開され好評を博している。

   18世紀、W・ウィルバーフォースという若者が奴隷船の実態を知る。
   議員となり、中傷や弾圧を越え、20年がかりで、
   奴隷貿易廃止法をイギリス議会で成立させるまでを描いた実話だ。

   J・ニュートンも協力者として登場する。
   法律ができて3月25日で、ちょうど200年。
   残念ながら、現在も奴隷は全世界に3千万人以上いるとも言われる。
   英政府も200年記念式典直前に、全廃に向けての行動計画を発表した。

   映画で、盟友がウィルバーフォースについて語る。
   「世間で英雄といえば、戦争で人を殺した人物だ。
   しかし、真の英雄は彼のように静かだ」。
   


     歌詞

   讃美歌「われをもすくいし」
   
我をも救いし くしき恵み
   
迷いし身も今 立ち帰りぬ
   
おそれを信仰に 変え給いし
   
我が主の御恵み げに尊し
   
聖歌「驚くばかりの」
   
驚くばかりの 恵みなりき
   
この身の汚れを 知れる我に
   
恵みはわが身の 恐れを消し
   
任する心を 起こさせたり

   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%82%A
4%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B0%E3%83%AC%E3
%82%A4%E3%82%B9

03.22.14:10

ローザ・パークス氏

                          

   コラムより~

   人権運動に関する事に詳しい方はよく聞く名前であろう。
   今日はローザさんについてのコラムを発見したので紹介します。

   『ノーと言える勇気』といえば、バスの中でも、何処へ行っても、
   黒人は奴隷扱いされた時期。
   その環境を、変えようと立ち上がった人達が居た。

   当時は、気が遠くなるほど難しい事であっただろう。

   ローザ・パークスさんとマーチン・キング・ルーサー。
   そしてマンデラ氏。


   アメリカの公民権運動というと、ローザ・パークスさんが、
   よく知られている。
   1955年12月
   バスで白人に席を譲らず座り続けたパークスさんの勇気が、
   歴史を変えた。

   パークスさん自身の逮捕が示すように、事態は簡単には進まなかった。
   白人からの暴力的な報復が相次いだ。
   「一番人気のスポーツは黒人へのリンチ」と、
   公然と言われる悲惨な状態となった。

   その時、再び「座り続ける」人々が現れた。
   パークスさんの行動から5年後、ノース・カロライナ大学の
   アフリカ系学生4人が、レストランの白人専用席に。
   出て行けと迫る群衆にもかかわらず、座り続けた。
   次の日には21人。その次の日には65人。
   翌日には、地元の白人学生たちも参加を始めた。

   パークスさんのともした火は、
   時と場所を隔てて受け継がれ、
   燎原の火のごとく燃え広がった。

   一昨年、逝去したパークスさんの追悼コンサートには、
   世界的なロック・グループ、U2が出演。
   「自由と平等を目指す旅はまだまだ続く、さあ旅を続けよう」
   と歌い上げた。

   ■ローザ・パークス氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9

   ■マーチン氏
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/2431/mlk.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0

http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/2001.htm

   ■マンデラ氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%A9

03.15.17:44

A birthday of a daughter

    hana 
     
    

今日は娘の誕生日です
   4年前の今頃(03/15/1720)娘を産んだ体は衰弱してベッドで熟睡してる頃。
   あの生まれる瞬間は感動的だった。今でも覚えてる。
   生まれる何ヶ月も前から名前が決まっていて、お腹の我が子に呼びかけていたからか
   出産直後私の胸の上で私が名前を呼びかけると
   『あ、いつもの声だ!』と言わんばかりに、私を探していた!感動!
   『やっと会えたね!』私が言った。

   私のところへ生まれてきてくれて有難う!
   ママのところで良かったって言われるように頑張ろうっと!